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いっぱい読んでたっぷり聞けば、英語はかって出てきます!

  

2014/01/17

発音を整える必要があるとかないとか、頻繁に話題になる、そこから見えてくるものは?

オレ流さんのブログで発音のことが話題になっています。
(去年、オレ流さんはアメリカが「無料」で開催している、
英語教師向けプログラムを受講されたようですが、
投稿を読むと、欧米の言語戦略にまんまと乗せられているような印象を受けました。prosodyって専門用語がありますけど、prosodyってコミュニケーションにとって、大切なんですか?)
学習指導要領にも、最初のほうに「発音」という文字があります。
発音矯正なんていうプログラムやトレーナーさんもいらっしゃるようです。

どうしてなんでしょう?
どうしてこんなに英語の発音に注目が集まるのでしょう?

英語がいつでも使えるっていう環境にないから、
自分の発音がどの程度通じるのかわからない。
ならばひとまず欧米の「らしい」発音、テキストにあるような発音を真似しておこう、そういう流れになるんだと思います。


でも、発音を気にする前に、もっと大切なことがありませんか?
第二弾のebookでも強調しておきましたが、

exposureの機会が足りていない、というか、ほぼないに等しいですよね。
学校英語に頼っていたら。
「生の英語の音」をいつでも聞ける「環境が整っていない」。
そのため、メディアの中ぐらいにしか存在していない、現実にはありもしない、
理想的な音を無駄に追っかけているケースが多いのではないでしょうか。

(つまり、日本人自らがすすんで「植民地根性」を自分たちの心に植えつけようとしている、そんなことってないでしょうか?)

(リアルな英語が知りたいのなら、ellloの動画をどうぞ。)
・・・・・・・

発音矯正をする前に、やるべきことがあります。
それは、英語の音がいつでも聞ける「環境を整える」ように、
「具体的」にアドバイスすること。

アプリやpodcast番組を教えるのはもちろんのこと、
忙しい毎日の「どの時間帯」に聞くを確保すればいいのかまでも含めて、
具体的にアドバイスすることが必要でしょう。
「すきま時間」を利用するということですね。
例えば、お世話している高2生であれば、朝の「通学時間」!
駅と学校の間の「徒歩15分」を活用するようにすすめています。
英語を聞く日、好きな音楽を聴く日、交互にやったらどうかな、という風に。

あなたが先生で、英語が「使える」ようになってほしいと指導するのであれば、
「教室の外」の行動まで配慮しないと、本気とは言えないんじゃないでしょうか?
exposure環境を整えずに、発音指導するというのは、順番を間違っていますよ。
大量のexposureがあれば、若い耳は自然に音を獲得します。
たくさん聞いて、たくさんしゃべる、そうすれば自分なりのしゃべり方が生まれてきます。それが例えばALTに全く通じない、そういうケースにだけ指導の必要があるのではないでしょうか。
・・・・・・・

発音というのは、人格とも関係する、とても繊細なことだと思います。
(日本の違った文化圏を体験した人には、これがわかってもらえるかな。。。)
発音には、その人の人生が詰まっているんですから。
発音を矯正するというのは、相手の人格を否定している、認めない、
そういう態度も含有している、それぐらいの影響力があることだと思います。
それでも指導するというのなら、細心の注意が必要でしょう。

(もちろん今すぐ、英語圏で勉強する、仕事をする、という逼迫した理由があるというのであれば、これは別の話です。
現地の発音に慣れる=仕事や学業がはかどる、そういうメリットがありますし、
本人の自覚もあるでしょう。逆にある程度慣らしておいてあげないと、適応できなくて苦労するかもしれないので。)

まとめとしては、やっぱり「exposure」つまり英語に「囲まれる」がスタートということです。 
・・・・・・・・・・・・・・・・・

付け足しで。。。
この本が書かれた時代(30、40年前でしょうか)の発音指導を続けている指導者があります。それって、時代錯誤も甚だしい、違うかな?

7 comments:

  1. ちょっと違う視点から。

    英語の発音についてですが、
    でもなんとなくわかるなぁ。という部分があります。
    私たちの時代は帰国子女などがバイリンギャルなんて言われて注目されていた時代でしたから。英語が好きで勉強のできる女の子たちが大学の英文科に行って華々しい雰囲気がありましたね。

    英語 → 頭いい → かっこいい!みたいな。

    そんな時代を指銜えて横目で見ていた者としては、バイリンガルの人は英語ペラペラで発音アメリカ人のようで、なんてかっこいいんだろう。なんて思っていたものです。
    (アメリカが全ての憧れであった。その理由は分からない。マンガ、エイリアンストリートでカリフォルニアの太陽に思いを寄せ、バナナフィッシュでニューヨークにしびれる高校時代。サウスダコタなんて地名さえ知らない。オクラホマはフォークダンスで、ケンタッキーはフライドチキンな高校生。)

    英語は発音でしょ!って思いこんでしまうのも無理ないかな。。。。

    しかも子育てしていると、『正しい発音は子供ができるだけ小さいうちに』という洗脳をたっぷり受けますから、何故?の前に私なんて

    発音が良い → 英語堪能 → 華々しい活躍 → 一生幸せ

    という無茶苦茶なロジックをどっかで未だに持っていますからね。

    意外に私のような人他にもいるかもです。
    そんなこと言いながら、実際には映画はヨーロッパの物の方が好きだったし(チェコ、ポーランド、ロシアの映画は好きでしたね~)、音楽もブリティッシュとかのほうが好みだったのは何故?あれ?アメリカの何が良かったんだろう?やはり洗脳されていたのかな・・・?

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    1. masamiさん、オレ流さんのほうに書かれたコメントも読ませていただきました。体験談は説得力が違いますね。

      若い頃、外国に憧れたり、それが語学学習につながるのはいいことだし、そうやって夢を持てる人は、羨ましいなあと思います。私は海外に対する憧れって、ほっとんどないんですよね。昔も今も。その憧れのなさがかえって良い方に働いて、のほほんと英語をやる、ということにつながったのかもしれません。

      ところで、、『正しい発音は子供ができるだけ小さいうちに』ですが、実はつい最近、英語で保育するナーサリー?に通った小学生さんをお世話するようになったのですが、「らしい」発音は時に裏目に出ます。どうしても、周りの期待値が高くなるんですよ。そして期待ハズレだと(文章が読めなかったりですね)、期待が高いだけに周りの落胆度も大きくなってしまう。それを子どもは敏感に感じ取ります。そしてあまり英語を話さなくなってしまったり。。。いやはやです。

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  2. お返事ありがとうございます。

    私は憧れが努力に結び付かない人間なので、気持ちは分かるけどだからと言って発音に執着するような事はないですね。

    もちろん発音が良いから英語ができるなんていう事実はないことも知っています。
    この日本人の発音コンプレックスはRやLに代表されるように言われ過ぎておびえているように感じます。実際にRとLの区別なんてあまり重要じゃなくて文脈から分かるものですから。

    指導者の場合、中高ではどうなのか存じ上げないのですが、子どもの英語の関係ではやたら言われますね。

    私の印象では何していいのか分からないから、そこにこだわっているようにしか見えなんですけどね。何故発音が重要なのかと言う事を答えらえる指導者は少ないと思います。

    ですが、読む導入期から読み始め、読む事を進めていく過程において、音声は非常に重要です。文字と音の関係を理解して一致させていくことで読む手助けになることは事実です。

    ただこれは日本のフォニックスに代表されるような指導法ではなくて、多読的な指導がある事が前提で、たくさんの易しい本を読む練習をしながら一歩一歩進んでいく過程に音声の指導があるという事です。(ネイティブの子どもでも数年かけて学習しますよね。)

    この音声の指導(phonics, rhyme、phonics awarenessも含む)は読む手助けの為なので、いわゆる発音指導とは違うのでしょうが、当然正しい音の規則(これはアメリカ英語なのかイギリス英語なのかで違うでしょうし、どこかで統一しなければいけないので。)に沿って学習していきますので、ある程度正確な発音で読めるようになります。(量を聴くという習慣も当然あってです。) 自然な発音で読むことができ、正確な音で単語を捉えることができるので、当然会話の発音もかなり自然です。母語の影響はありますが、いわゆる『日本人的な発音』とはかなり様子が違います。

    *この正確な音と言うのは 音の規則に対して正確かどうかです。
    *正確に読めるとは音声学的にという事ではなくて、ちゃんとそう聞こえるね。という程度の事です。
    *日本人の先生だからできないという事はないと思います。またネイティブだからできるとも限らないと思います。(できないケースの方が多い事を体験しています。)
    文字を音声化する(本を読む)にしても音声を文字化する(文章を書く)にしても関係性を教えることをせずにダラダラやっても子どもたちは疲れてしまいます。

    縄跳びのコツを教えることで飛べるようになるのなら、ただひたすらできないものを長時間やり続けるよりも効果的ではないですか。

    中学生や高校生の場合は教科としての強制も働きますし、文字と音の関係とは何かを既に知っています。また文字や画像から情報を得る事の意味も分かっていますので、本をひたすら眺めていてもそこから得られる知識はたくさんありますが、幼児や小学校の低学年の場合はそれを期待することはできません。

    またフォニックスの学習は個人差があります。全く必要のない子ども(長女がこのタイプでした)もいれば効果的に働く子(息子)もいます。そしてフォニックスを教えても効果のない子もいます。しかも学習しても特に読む段階の導入期はイレギュラーなものが多くあまり意味を感じないような時期もありますので、その程度の物だという認識も必要だと思っています。

    私は英語の発音にとらわれる必要は全くないと思っています。
    ですが、早期に始めるきっかけがある子どもたちがステップを踏んでいく段階で音声を学び自然に発音することが結果的にできるようになる事には肯定的です。
    (当然英語力を指し示す物差しにはならない。あくまで発音が自然だというだけ)

    英語として自然に発音することを目標とする必要はないですが、だからと言って発音できなくていいという極論には違和感を感じます。

    ところで発音指導ってなんですか?
    と基本的な事を知らない自分に気づくのですが・・・

    読むために英語の音は教えてきたのですが、今になって、あれ?
    でもそれがトピックスじゃないですよね。
    発音指導ってなんだろう?

    長くなってしまいましたが最後に
    英語のナーサリー出身の子どもたち
    小さい時から始めれば発音が良くなる。という事自体は事実なので、発音はある程度良いのではないでしょうか。それ以上でもそれ以下でもないというか。

    発音が良くてよかったね。というだけの話ですよね。

    所詮 幼児の時に英語の環境にあっただけではその後自然に英語が伸びるわけはないですから、それ以上の物を期待するなら何かしないといけないですよね。親が何を期待しているか知らないですけど。

    英語そのものを理解する段階にまでは来ているのですから、読むことはそこから練習をしていけばできるようになりますよね。

    あまり英語を話さないのは当然だと思います。ハーフ(英語圏の親)の子たちで小学校に上がる年齢から良くある現象ですよね。自分のイメージと実際の語学力に差があるのを知られるのを嫌がるのではないかと、聞いたことがあります。当然子供は英語を練習するために話しているわけではないので、自分で使いやすい言語を選びますよね。無理して話す必要もないし、必然がないのに話しませんよ。 英語教室の子供たちとは違います。自分の意志で英語を学んでいるわけではないですから。私はこういう子供たち何十人も見てきたので知っています。 周りの期待だけのせいではないですよ。

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  3. 「exposureの機会が足りない、ほとんどない」という問題に対しての「今ならいくらでもそういう機会が作れる」という回答については、いつものことながら、全面的に賛成です。インターネットのおかげで、英語を使う機会なんていくらでもあるし、なくても作れるし。

    ただ、学校英語が標準的な英米の発音を用いるのは、テレビやラジオのアナウンサーの英語なので、テレビやラジオの聞き取りがしやすく、また、そういう発音であれば多くのネイティブが聞きなれているので、こちらが標準的な英米の発音で話せば、ネイティブに通じやすい、ということなんじゃないでしょうか(アナウンサーでも個人差が結構ありますけど)。外国人が日本語を学習する際に、標準語で習っておけば、テレビやラジオが聞き取れて、多くの日本人に理解してもらえるのと、同じ構造だと思います。

    もちろん、外国人が日本語の標準語が使えても日本語の方言がすぐに理解できないのと同様、日本人が英米の標準的な発音を覚えても、イギリスの方言の発音やアメリカの方言の発音はすぐに理解できないでしょうが、まずは標準的な発音が聞き取れればよいのではないでしょうか。生の英語が英米の標準的な発音に比べて格段に聞き取りやすいというのであれば話が変わりますが、ドイツ人の英語が聞き取りやすいといっても、相対的なものですし。また、英米以外の英語話者も、英米の発音なら理解しやすいでしょう。なので、英米以外の英語がいくつもあるという現状を考慮しても、日本人が学習する英語の入口として、英米の標準的な発音を基準にすること自体はそう悪いことではないと思います。

    実際に、ネイティブ個人と話してみると、そのネイティブが標準的な発音でない限り、そのネイティブの発音に慣れるしかないわけですが、それは標準語を覚えた外国人が、日本語の方言の話者と話すのと同じですよね。そうなると、どういう発音に慣れればよいかというのは、英語を使う人それぞれの話だから、それは学校の外で、ということじゃないでしょうか。

    で、そういう汎用性が高いはずの学校英語を習っても実際に使えないというのは、おそらくまた別の問題で、結局、学校では発音がちゃんと教えられていないんじゃないでしょうか。ちょっと前の記事に大学の先生のブログの話がありましたが、あのような意見があるというのは、実は学校では発音がまともに指導されていないことの裏返しだと思います。発音が話題になるのは、みんなが発音指導に熱心だからなのではなく、発音指導がなされていないから、なんじゃないでしょうか。

    例の有名教師さんも、carsとcardsの語末の子音の区別ができてなかったことを最近音声学者の先生に指摘されたとブログに書いていたくらいだから、到底、生徒に発音の指導ができているとは思えないですしね。

    それで、矯正の話ですが、母語の発音ならもちろんのこと、長い間外国語を使っている人に対してその発音についてとやかくいうのは確かに人格否定でしょう。英語を公用語にしている国の人の発音を英米式に矯正するのは意味がないことだと思います。でも、英語を習い始めの生徒の発音が違っているから直す、というのは、まだ人格の一部となるような発音になっているわけではないでしょうから、人格否定とは言えないように思います。特に、学校でしか英語にふれていなければ、矯正するしない以前の、発音を覚える覚えないのレベルじゃないでしょうか。

    喩えが適切かどうかわかりませんが、外国語は楽器と似ていて、ギターやピアノのように弾けばとりあえず音が出る楽器もありますけど、管楽器や弦楽器はちゃんとした音が出せるようになるまでに時間がかかります。何十年もその楽器をやっている人にその音の出し方はよくないといって矯正するなんてことはまずありえませんが、まだちゃんと音が出せない初心者にこうやって音を出した方がよいと指導するのはごく普通だと思います。もちろん、適切な指導でないと意味がないわけで、英語はこの部分が問題なのかもしれませんけどね。

    発音矯正といえば、Ann Cookの「American Accent Training」の中のLittle Red Riding Hoodは意外な展開で笑えました(この本で面白いのはこの話だけですが)。

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    1. Masamiさん、galantさん、ご意見をありがとうございます。

      英語に対する考え方は、私の中でも社会の動き同様、どんどん変化している部分が多いので、(変化しないのは、もっと本を読もうよということだけか)、今の段階ではということで、思うことをランダムに書いてみます。

      ・「教育」をどう定義するのかによって、指導方法も変わってきますが、私は教育というものは、柔軟性を養い、自分らしくあることを誇りに思う、そういう能力を伸ばすものであってほしいと思うんです(現実は正反対だと感じます)。なので、発音についても、先生が干渉するのは、やるべきことをやってから(ここではexposureですね)にすべきではないのかなと考えるわけです。

      ・上の考え方のもとになっているのは、私がかつてNYでうけた、ちょっとスパルタ気味な発音レッスン、自分の子どもの英語獲得過程、お世話してきたお子さんの様子、過度なシャドーイングに取り組んだ人が出す英語、そういう様々なものがあります。そこから、発音のために(あるいは子どもの読書指導に)練習や学習というものは持ち込まないほうが、平凡ではない英語を獲得できるんじゃないかなと思うのです。

      ・他に、英語の先生って、一つの方法や理論に固執する、あるいは流行のメソッドにのっかる先生が多いです。あと、自分が主人公になりたい先生も多い。なので、その先生のやり方に合う生徒はいいけれど、その先生とは違った学び方をする生徒には、役に立たなかったりするかもしれません。それよりも、student-centeredな学び方をしてほしい、そういうわけで発音もexposureでしょと思うのです。

      ・でも、一つ、日本の学校で発音のことで教えるべきことがあるとすれば、それは、「英語はローマ字ではありません」ということではないでしょうか?小学校ではローマ字を英語の前に導入しますから、英語=ローマ字だと考えている生徒がほとんどでしょう。その違いを認識させれば、英語の「音」に耳を澄ますようになる、そんなものだと思います。

      まとまりませんが、こんなところで。

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  4. Emi さま 

    変化していってほしいですね。教育全般に思います。

    galantさま

    とても共感できました。
    ありがとうございました。

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  5. 宮西さん
     発音だけに限っても難しい問題ですね。ちょっと前の日本人英語の記事や今回の記事は、読んですぐにコメントしようと思ったんですが、私もなかなか考えがまとまらず、今回のコメントをまとめるのに時間がかかりました。
     以前おっしゃっていたように、学校英語は学校英語として、学校の外でどれだけexposureの機会を増やすかなんでしょうが、いろいろ具体例があがっているように学校英語(というか英語教師)が足を引っ張るようではよくないですね。
     そういえば、シャドーイングも通訳養成ツールの1つだとか。どうしてみんな通訳にあこがれるんでしょうか(特殊技能なのに…)。

    Masamiさん
     はじめまして。コメントありがとうございます。Masamiさんのオレ流さんのブログへのコメント、興味深く拝見しております。

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