TAB 多読 -tadoku and beyond!-  

いっぱい読んでたっぷり聞けば、英語はかって出てきます!

  

2014/01/16

専門家の意見や文献を鵜呑みにするのではなく、「現場」を見てから発言してもらいたい

実家から歩いて2,3分のところにある学校は、
かつて内田樹さんが教鞭をとられていた(る?)大学だったりします。

内田さんのブログはいつも読んでいるのですが、
昨日はたまたま以下のツイートを見つけてしまい、
黙っていられなくなりました。

「昨日の鳥飼、斎藤両先生との英語教育論はひつじ書房から出る「日本の英語教育は破滅に向かっているよ」(タイトル適当)シリーズ第二弾に収録予定です。英語教育の実情を全く知らない人たちによる英語教育の「抜本的」改革で現場は上から下まで大混乱だそうです。」

「オーラルコミュニケーション重視教育を20年前からやって来て、その結果、コミュニケーション能力はさっぱり伸びず、文法知識と読解力が壊滅という実情を 知らずに「文法訳読中心の受験英語はもう時代遅れ」というような時代遅れの認識をしている人たちが教育政策を決定しているのです。」

「英語教育の破綻について書いたら「裏付けを示せ」というリプがいくつか飛んできました。『英語教育、迫り来る破綻』(鳥飼玖美子、斎藤兆史、江利川春雄、大津由紀雄、ひつじ書房)をどうぞ。文献も示されてます。」(注:リンクはオレ流さんの記事です。)

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これに対して、返信をしてみました。

宮西「僭越ではありますが「迫りくる破綻」を執筆された先生方は本当に現状をご存じなのでしょうか?2児の母、講師、著者である私は、まったく違った見解を持っております。教授や専門家こそが破綻の大きな要因ではないでしょうか。」

そして、オレ流さんも返信をされました。
 
オレ流「現役高校英語教師です。内田先生の論はいつも納得して読ませていただいていますが、「破綻」の著者はとても専門家とは言えない論を展開しています。ぜひ私の意見もお読みいただきご意見をちょうだいしたいのですが。」
 
オレ流「失礼ながら、この本にはこれといった裏づけはありませんでした。現場の教員ですが実際ほとんどの高校は昔ながらの文法訳読をやっています。オーラル重視で破たんしたというのは全く論理的ではありません。文科省等批判に関してはその通りだと思います。」

オレ流 「内田先生が『破綻』に賛同されているとしたら残念でなりません。政府や財界の「英語狂想曲」は確かにひどいですが、彼らの主張もひどいと思います。私の意見をお読みいただければ幸いです。」

オレ流「先生にリプするのは全くの見当違いですが、ぜひ現場の姿もわかっていただきたいと思いさせていただきました。大変失礼しました。」
 
オレ流「内田先生の諸論は是非世界に発信すべきだと思うのです。大学の先生があれほど素晴らしい論をお持ちなのに英語で世界に発信できない(していない)というところに従来に教育の問題があるのではないでしょうか。コミュ=英会話ではないです。」
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ここで、おそらくオレ流さんのreplyを受けたものであろうツイートがあり、

「英語教育についてのリプが止まりません。「ウチダがえらそうな論を立てているわりには世界に向けて発信できていないのは英語ができないからだ」というのがあってびっくりしました。僕の本はずいぶんたくさん外国語に訳されているんですけど・・・」
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引き続きオレ流さん。

オレ流「申し訳ありません。多分私です。しかし「偉そうな」とは言っていません。内田先生の論は本当に納得しております。内田先生が「英語ができない」とも言っていません。」

オレ流「著書の翻訳等ではなく、ブログやtweetのメッセージをリンガ・フランカとしての英語で発信する人が多くなっていかなければいけないのではないか、そのためには従来の文法訳読では立ちいかないのではないかということです。大変申し訳ありませんでした。」


オレ流「再度お詫びします。私はアメリカに発信するのがいいこととは思いません。英語で発信すれば世界で受け手が一番多いということです。de fact のリンガフランカという意味です。」 

オレ流「内田先生が英語ができないから発信しないという意味ではなく、内田先生ほどの方が気軽に世界に発信しようと思われない文化を日本の英語教育がつくってきたのではということです。」
 
オレ流「日本の多くの文化人も庶民もリンガフランカとしての英語で欧米以外の世界に発信するのがいいのでは、そういう知識文化をつくるための英語教育であるべき、と思うのです。」

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「語りたいこと」が山ほどある知識人の方たちは、

「英語」をリンガ・フランカとして用い、
ツイッター等の「ソーシャルネット」で発言すれば、
翻訳をすることによる時差や解釈の違いを心配することなく、
「瞬時」に「ダイレクト」に「世界の隅々まで」、
「自分の言葉」を届けることができるのです、今は。

それなのに、そうしたことをされている日本人知識人は、ほぼ皆無でしょう。

で、その「自分の英語」では「発信しない・できない」知識人の方たちが受けてきた教育こそが、「文法訳読中心の受験英語」ではないのでしょうか???

2 comments:

  1. オレ流です。その後、こういうtweetもされていて、さらにびっくり。
    「加藤君は上海の復旦大学で講師に呼ばれた時に『日本辺境論』を教材に使ってくれたそうです。あの本は中国語訳があるんです(「ウチダは英語ができないから世界に発信できない」と言われたことをまだちょっと根に持ってる)。(>_<)」
    「英語圏(特にアメリカ)だけが「世界」だと思っている人からは「ウチダは内向きの物書き」に見えるんでしょう。確かに、外国語訳は韓国語と中国語ばかりですし、外国メディアもフランスやドイツからは取材や寄稿依頼がありましたが、アメリカからは1つも来たことがないですからね。」
    うーん。まぁ私のリプに対する返答ではないかもしれませんが、リンガ・フランカというのは確か内田氏も言っていたと思うのですが、「英語圏だけが世界だと思っている。」とか「英語ができないと言われたことを根に持っている。」とか、英語が絡むと内田さんもこうなってしまうのかとちょっとショックでした。そういう論なのであれば、英語を学校で必修にするのは間違いでしょう。

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    1. フェースブックつながりの友人は、いま中近東にいるようで、「たった3時間で10カ国の人と知り合う。持つ者と持たざる者の差がくっきり見えるドバイ。」という報告をタイムラインに書いていました。別の知り合いは、アフリカの朝焼けの写真をシェアーしてくれました。二人とも英語を使って仕事をされています。こんな一般社会人と比べると、日本の文化人、研究者ってなんとまあ内向きなこと。井戸の中にお住いのようですね。

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