TAB 多読 -tadoku and beyond!-  

いっぱい読んでたっぷり聞けば、英語はかって出てきます!

  

2013/08/24

脳・からだ・心とtadoku

あなたはもうこの動画をご覧になりましたか?

グローバルな時代の教育といった議論をするのであれば、まずはこの動画をどうぞ!

学校は創造性をつぶしてしまう。
そもそも、創造性なんて認めもしないのが、学校でしょう。
学校で必要とされるのは、「点数化」して評価のできる能力だけ。
これはつまり「左脳」の働きだけということではないでしょうか?
学校で育むのは「左脳」的能力メイン。
「左脳」を発達させた生徒の方が、いい点がとれる。いい学校にいける。
社会的地位の高い層に多くなる。
その結果が、今まさに進行中の、おそらく多くの人が戸惑いを感じているであろう現代社会です。

・・・・・・・・・・
ではここで、「左脳」偏重と「使える英語」との関係を見ていきます。

◆ 「左脳偏重」指導方法の典型が、単語帳や構文を使った、音読・暗唱・丸暗記でしょうか。
夏休みには、英語の先生向けの講習会もたくさん開かれていて、
「生徒と同じようにやってみましょう!」と、意味のない文章を音読したり暗唱する。
そうした講習の様子を映した動画や写真もネットにはありますが、
なんだかまるで催眠商法の講習会だな、と思ってしまうのは、私だけでしょうか?

単語帳や構文には、contextがありません。
文法的に正しく並べられた単語やフレーズの集合体です。
そんな無機質なものを、何度も何度も繰り返す機械的作業によって、記憶しようとする。
記憶力に長けた生徒であれば、これは意外と簡単なことかもしれません。
実際、英語に何の興味もなかった中・高時代の私も、丸暗記で受験は突破しました。
しかーし!
そうやって丸暗記したものなど、受験が済んでしまえば、あっという間に忘れます。
内から湧いてくる熱い思いがあって記憶したわけではなく、
受験のために「仕方なく」覚えたものなのですから、受験という目の前の人参がなくなってしまえば、
暗記したものを忘れまいとする意志がなくなり、苦労して覚えたものの大半は、
あっという間に消え去ります。あらららら。。。

(また、逆に消え去らなかった場合には、英語を実社会で「使う」となったときに、
unlearnの必要が出てきます。長くなるので、この話題はまたいつか。)


◆ これに対して、「左脳、右脳」「からだ」「心」のすべてが生き生きと動き出すことで、
言葉が自然と身についていく、それが「多読・多聴」「tadoku」です。

私たちがものを記憶する過程はどのようなものでしょう。
まずは対象をからだ・五感を使って認識します。
その際には、必ずなんらかの「気持ち」「感情」「心の動き」が発生するはずです。
左脳だけではなく「右脳」が活発に働いています。
左脳と右脳が両方とも「バランスよく」動き、形や数値にはできない断片が生まれ絡み合うことによって、
最終的に、言葉なりそれに付随した事柄が「長期記憶」に収まるのです。
そして、長期記憶に収まったものだけが、リアルな場面で使える英語という「言葉」になります。
こうした過程を自然に再現できるのが、好きなものを、たくさんという「多読・多聴」であり、
個々人の特性を生かした「本物の学び」です。


小テストがあるから覚えておこうという短期記憶、
そして受験のために覚えておこうが中期記憶。
これらは、馬と人参の関係でしかなく、人参というご褒美がなくなった瞬間、
覚えたものは意味を失います。忘れます。忘れても構わないものなんですから。。。


しかし、tadoku的に吸収された英語というものは、
忘れたくても忘れられません!
なぜなら、クモの糸のように、あらゆる関係性の中で、
「あの場面」「あの本のあのページ」「悲しかった」「うれしい!」「驚き」
「ストーリー」「登場人物」「同じ本を読んだ仲間」・・・などなど、
様々な記憶とともに脳に刻まれた英語は、残ります。染みついちゃいます。
そして、その英語が最もぴったりくる場面に自分がおかれたとき、
その言葉を必要とする文章を書こうとしたとき、
会話をしている、ふとした瞬間に、
どこで覚えたのかも定かではないような英語が、口をついて出てくる、文字になる、
「言葉」として使えるように、いつの間にか、なっているのです。


どうでしょう、これでもまだ丸暗記的な学び方に軍配が上がるでしょうか?


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