TAB 多読 -tadoku and beyond!-  

いっぱい読んでたっぷり聞けば、英語はかって出てきます!

  

2013/08/27

レベルなんて忘れていいんだよ

ひとつ前のエントリーで、「レベル」の話がでました。

多読のガイドを読んでいると、YL(読みやすさレベル)というのがあります。このレベルが低いところから徐々にレベルを上げ「なければならない」と考えている方も多いようですが、それでは結局「お勉強」になってしまします。ある本が読みやすいか読みにくいかは、人によって全く違います。極端な例ですが、野球に何の興味もない人がこの本を読んでもまったく意味がわからないと思います。(私はこの本、2~3回読んだだけで全部暗記できるくらい「読みやすい」のですが。)だから、「レベル」にはあまりこだわらないでください。楽しくなかったら、また別の本にする。そうやっているうちに、いろんな本が楽しめるようになります。」


多読を最近知った人なら、レベル=順番にあげていくもの、と理解してしまっても仕方がないでしょう。
(レベルの話をしない多読実践者なんて、ここのグループぐらいのものでしょうから・・・)
では、そもそもレベルというものは、何か明確な目的のもとに作られたのでしょうか?
私は、レベルが誕生した背景にはとくに意図したものはなかった、と見ています。
ではどうしてレベルが、それも出版社がつけたものでなく、
日本人が実際に読むことによってつけられた読みやすさレベルといったものが生まれ、広がり、今やレベルあっての多読のようになってしまったのか。


10年以上前、多読がここまで普及する以前のこと。
今のようにオンラインを使って簡単に洋書が購入できる環境はなかった。
書評を読んだり、おすすめ度を★の数で知ったりすることができなかった。
そのため、
表紙をみて、かわいい絵だからきっと簡単に読める本だろう、と期待して購入したら、
小さい文字が詰まっている絵本で、とても楽ちんには読めなかった、
ということがよくあって、費用の面で負担になることがとても多かったのです。
また、教材系の絵本ではなく、一般の絵本や児童書では、出版社によるレベルの表示もありません。

これを解消しようと、読みやすさレベルは誕生したのです。
レベルを参考に多読本を買えば、お金を無駄にすることが減るよって。
(と、多読10年強の私は見ています。もしまったく違った経緯でできたということをご存じであれば、ぜひ教えてください。)
そして、一般の多読実践者が長い時間をかけ、それぞれの感じた読みやすさを数値化して、集めたものが読みやすさレベルです。


ところが、一般社会人に楽しまれていた多読が、英語の「先生や専門家」に注目されるようになったことで、

状況がガラッと悪い方へ変わってしまった。
本来、「ファジー」で人の「温もり」を仮に数値にしただけであったレベルが、
無駄な費用を使わなくていいように、というごく庶民な目的で生まれたレベルが、
「規範」としてのレベル、
多くの生徒を「効率的にさばく」ためのレベル、
「寄り道なく」「効率よく」すすめるためのレベルへと、
その役割を大きく変えてしまったようです。
これからの人にとっては、多読ってよさそうだな、はじめてみようかな、どうするのかな、あ、レベルがついてる!、そうか、徐々にレベルを上げていけばいいわけか、なるほどこれなら簡単、という感じでしょうか。

しかし!世の中は変化しています。
オンライン書店のおかげで、ここまで洋書の入手が簡単になったわけですし、
円レートだって10年前に比べればずっとやさしいレートになった。
私は1ドル130円ぐらいのころに、大量に多読本を購入しましたからね。
場所によっては図書館にけっこうな数の多読向き図書がはいっています。
ご近所の学校で多読をやっているところがあれば、近所にすんでいるんだが、ちょっと読ませてもらえないだろうかと相談してみればいい。
多読を取り入れている英語教室も各地にふえてきましたから、やさしい本をたくさん読むために、少しの間通ってみるのもいいでしょう。
というわけで、英語本の入手はぐっと楽になったんです。
レベルなんて一般の人は気にしなくていいのです。


多読で大切なのは「わがまま」になること。
他の人はつまらない、関心がないというけれど、私はこの本が、このジャンルが大好き!
そういうこだわりをもって、本を選んでいくこと。
レベルというレールにのっかって「よい子」をしているようじゃあ、レールの先は見えてきません。

まずは、「気になる」本を開いてみる、買ってみる、それだけ。

Thank you for your lasting support!

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2 comments:

  1. 私も最初はレベルが必要だと思い、多くの人に手伝ってもらって、必死こいてレベル表示しました。が、「わがまま」な高校生たちは、そんなの目もくれない。高校生が見るのは、「語数」のみです。今日は、つかれてるから「短いの」読もう。今日ちょっと集中してるから「長いの」読もう。「短いの」たくさん借りてくと思いから「長いの」借りてく。先生、まだ「長いの」読めないよー。「長いの」読む時はCDあった方が楽。とか。ただ、これも図書館にたーくさん本があるから。数ページ読んで気に入らなければ、やめちゃえばいいのです。その意味でも、学校で多読やるのが理想なんですけどねー。

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  2. 「わがまま」が言える高校生、いいですね! 受験のことしか頭にないような学校に行っているお子さんだと、そういったわがままを言っていいんだよと後押ししてもなお、先生の顔色をうかがってからおそるおそる、ということもありますから、TSJさんの生徒さんは素直に伸びていらっしゃるのでしょう。 多読を中心にすえた英語教育をすれば、少しの初期投資をするだけで、ぶれることなく、確実に、強固な基礎を敷くことができるというのに、どうしてあっちへふらふら、こっちへふらふらが続くのでしょうね、日本の英語教育は。。。

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