TAB 多読 -tadoku and beyond!-  

いっぱい読んでたっぷり聞けば、英語はかって出てきます!

  

2013/07/15

英語ムラ 世間に追随でも英語教育学者はやっぱり学者?


こんなサイトを見つけてしまいました。

この方、英語教育に関わる人なら知らない人はいないくらいのビッグネーム。教科書や参考書もいっぱい書いているし、英語教師向けの本もたくさん書いている。Amazonで検索するとこんな感じ。

日本の英語教育の中心となってきた人が、今さら「多読」って言いだす。あきれてモノも言えません。

この10年で「英語多読」は広がりました。しかし、それはこういう立派な大先生が提唱したわけではありません。きっかけは、英語教育界では誰も知らないような人が書いたこんな本でした↓。

この本を読んだ人たちが、こういうサイトをつくって、そこで情報交換しながら英語多読実践者(タドキスト)が増えていった。「多読をしてみたら英語を読むのが楽しくなってきた!」という人たちの「クチコミ」で広まっていったものなんです。英語教育学の大家が提唱し、学校の教員が実践したものでは決してないのです。

さて、英語教育の大家であられるお偉い先生がおっしゃる「多読」を見てみましょう。

多読を成功させるには
  1. 英語に多く触れることが大切
  2. 英語に触れるには読書が一番
  3. 辞書を引かないで、想像力を働かせる
  4. 寝転がって読める (中学レベル) くらいの本を選ぶ
  5. 本は、自己チュウで好きなものを選ぶ
  6. 冊数で勝負する

ちなみに「快読100万語」では、多読3原則として「1.辞書は使わない 2.わからない部分はとばす 3.つまらない本はやめる」ということが言われています。完全にその受け売りなんですが、やはり「お偉い先生」だけあって、「~が大切」とか「~が一番」とか要するに「こうしなさい。」という上から目線。「楽しみながら英語に触れよう!」という多読の根本と全く相容れません。だいたい多読は趣味としての読書であって、「トレーニング」ではありません。(以前紹介したクラッシェン氏は、Free Voluntary Readingと言っています。「自由に自分の意思で読む読書」ってこと。またpleasure readingとも言われます。文字通り「娯楽としての読書」)

また、「中学レベル」というのも、「日本の英語ムラ」にどっぷり浸かった人の発想。学習指導要領でしか英語という言葉を語れないのです。冷静に考えれば、寝転がって読めるレベルはひとりひとり違うはず。例えば、英語の授業をはじめて受ける中学1年生なら当然中学レベルの本を寝転がってなんて読めないでしょ?大人だって、中学のときからずっと英語得意だった人と、ずっと英語が苦手で嫌いだった人では「寝転がって読めるレベル」は全く違います。英語教育の専門家ならもっと科学的に説明すべきではないでしょうか。

また、「寝転がって読めるものを選び」「冊数で勝負する」というのも無責任な言い方。タドキストは、最初は文字のない絵本からはじめます。そして、1冊の語数が数十語の絵本もたくさん読みます。(「快読100万語」には「たとえ英検1級レベルの人でも、最初はここから初めた方がいい。」と書かれています。)私の学校の生徒は、500語以下の本を500冊から1000冊読んで、それからもっと長い本を読み始める生徒が多い。3年間で1000冊以上読む生徒もかなりいます。それだけの本を個人で買えるでしょうか?「快読100万語」の著者や、SSSのサイトを運営している方々は、ブッククラブ多読クラスを運営したり紹介したりして、多くの人がたくさん英語の本を読める環境を作っています。ガイドブックもつくっています。タドキストの方の中には、「身銭を切って」ボランティアで多読クラブを運営してる方もたくさんいます。そういうことをこのお偉い先生はしているのでしょうか?

この方、天下の東京学芸大学教授です。中学・高校教員対象の研修等でもよく講師をしています。本気で「多読が大切」というのであれば、多くの学校の図書館に英語の本をそろえて、生徒が自由に読める環境をつくる努力をすべきです。学芸大学には当然付属の中学・高校があります。付属中学・高校の生徒は英語多読ができる環境にいるのでしょうか?

私の学校には10000冊以上の英語図書があります。授業でも週2時間以上「図書館で本を読むだけ」の時間があります。もちろん借りて家で読むことができます。しかし、これだけの予算をとるのに校長や事務長はじめ、大変な苦労がありました。とはいっても税金で買わせてもらってます。塾や英会話教室で多読クラスを運営している方々は、営業度外視で、まさに「身銭を切って」本をそろえています。自分で買った本を使って近所のこどもに英語多読を体験させている方もいます。この大先生が本当に「多読が大切」と思うのなら、学校に英語多読用の図書をそろえることくらいしなきゃいけないでしょう。英語教育の大家ならそれくらい簡単にできるはずです。

でも、残念ながら、そんなことは絶対しないでしょう。

ほとんどの中学生・高校生が多読をはじめてしまったら、どんどん日本人が「英語ができる」ようになってしまいます。そうすると、偉そうに「授業改善のためのなんちゃらかんちゃら」とも言えなくなるし、「よくわかるくわしい英文法」なんて本も売れなくなります。「楽しみながら英語が身についてしまう。」というのは、英語ムラ住民にとっては既得権益を奪われてしまう一大事なのです。

英語ムラ住民は「日本人が英語ができるように」なんて思っていません。逆です。言い過ぎではないと思いますよ。この方、「学芸大学」の教授です。もしこの人が提唱する教育法が正しいのであれば、付属中高で実践すればいい。そうすればその付属中高の生徒たちは卒業するころには「英語が使える日本人」になっているはず。でも、そういう話は聞いたことがない。日本の英語教育関係の本や論文は「生徒がどうなったか。」という一番大切なことがほとんど書いてありません。「どういう活動をさせるか」「評価はどうするか」とか完全に教師目線の話しか出てこない。研究会でも「優秀な先生」が「拍手喝さい」を浴びる気持ち悪い内輪だけの盛り上がり。

手元にある『和訳先渡し授業の試み』という本で確認してみましたが、やはり、授業を受けた生徒がどれくらい英語ができるようになったかというデータも記述もありません。「生徒なんてどうでもいい」と思っているんじゃないか、といわれてもしょうがないほどひどい本です。研究大会も一度ぜひ見てみてください。教員でない人は吐き気がすると思いますよ。

 同じ「英語教育学者」でも、以前、TOEFL批判で紹介したばアメリカのクラッシェン大先生の本などは、もうデータがばんばん出てきます。いろんなデータを出して「自由に本を読んだ生徒の方が読む力がついている」と主張しているのです。何のデータも示さず「○○が大切」とか「○○が勝負」と言ってるエセ学者とは違います。

Free Voluntary Reading
  • 作者: Stephen D. Krashen







「多読トレーニング」の著者紹介にはこんなことが書いてあります。
  東京学芸大学教授。人文社会学科系 外国語・外国文化研究講座 英語科。専門分野は英語教育学。特に中学、高校の英語教師からの信頼が厚い。著書に『英語教育評価論』(河源社)、『和訳先渡し授業の試み』(三省堂) などがある

「特に中学、高校の英語教師からの信頼が厚い。」これぞまさに英語ムラの構造。悲しくなります。

私は教員ですが、生徒と一緒に多読をやってみて、「これはすごい!」と思って、もっと学校に多読を広めようとしています。同じく、多読を広めようとしている教員もみんな同じ気持です。それほど、多読の力がすごいのです。こんなに楽しく英語が読めるようになる、だからもっと多くの人に知ってほしい!という気持ちなのです。タドキストの方(教員じゃないよ)に様々なアドバイスをもらったり、学校に来て生徒と話をしてもらったりしていますが、「講師料」も「交通費」も出していません。それでも来てくれる人がたくさんいる。「多読の素晴らしさ」を広めたいからです。それにひきかえ、こういう英語ムラ住民の「偉い先生」は本当に日本の教育のことを考えているのでしょうか?

日本の英語教育を「よくする」のであれば、英語教育の専門家の言うことには一切耳を貸さないことが「大切」であり、そこが「勝負」だと思います。また、こんな「英語ムラ住民」に多額の税金をつぎ込むのもなんとかやめさせましょう。

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