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いっぱい読んでたっぷり聞けば、英語はかって出てきます!

  

2012/06/21

学校英語はなぜ迷走するのか

英語ができるようになるためには、授業時間数が足りない、
という声があります。
確かに、授業時間数としては少ないかもしれません。
が、しかーし!
子どもたちは、家庭で塾で、相当な時間を英語に費やしていませんか?
それも何の役にも立たない和訳なんかをやって。

(さらにひどいのは、最近はガイドの類が、
((生徒向けだけでなく、先生向けのガイドブックの量を一般の方が見たら、唖然、だと思いますが。。。))
ネットで簡単に調達できるので、
それを丸写しするのに時間を費やしていることも多かったり。。。)


さて、そうやって英語に時間をかけても、
英語が使える人がふえてこないのはなぜなのか。
一つには、英語を「使う」ということが具体的にわかっていないせいではないか。

使う、ということを頭におけば、

A:英語ネイティブに交って、自在に動けるぐらいの英語を目指しているのか、
B:世界の英語話者に交じって、何か目的を達成するための補助としての英語を学ぶのか、

まずは、ここがスタートではないでしょうか。


Aを目指すのであれば、相当量の勉強も必要だし、
なにより、英語圏での数年の生活体験や、それに近い体験ができる環境が必要でしょう。
一方Bであれば、学校での勉強に、趣味で英語を使ったり、多読をしたりすることで、
十分できることです。
両者が必要とする勉強時間なりコミットメントの深さには、
大きな隔たりがある。

学校英語というのは、ここが全く鮮明になっていない。
だから、
発音指導も、どこまでやればいいのかわからない。
文法事項も、何が肝要なのかわからない。
どれだけの正確さを要求すべきなのかわからない。


何もかも、わからないままに進めては、何処までも迷走する。
挙句の果てが、受験、資格試験が目的となり、
儲かるのは英語ビジネス、という結果になっているのではないでしょうか。

ブログで何度もでてくる言葉ですが、これからは英語を「使う」こと、
それも受動的に使うのではなく、能動的に「発信」の側にまわること、
これが何としても必要だと感じます。

「使う」ことによって、AとBの違いがわかる。
例えば、Bを目的としている人が、Aの学び方を真似るのはやめておいたほうがいい。
不毛であるばかりでなく、不要なコンプレックスを抱いてしまうかもしれない、と、
そういうことがきっと見えてきます。

(Writer: MrsMalone)
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2 comments:

  1. What you put out is what you get back.
    ということかもしれませんね。
    (バシャールさんという人のパクリです。)

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  2. そういうことですね。
    ともかく発信してみる。その反応を見ることで、
    自分の英語が相対的に見えてくる。そこから学ぶ。
    その繰り返しが大切ではないでしょうか。

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