TAB 多読 -tadoku and beyond!-  

いっぱい読んでたっぷり聞けば、英語はかって出てきます!

  

2012/05/21

これからは「書く力」

tadokuとタイトルにあるブログなので、
まずは読むことについての記事を充実させるべきところですが、
ちょっとご勘弁いただいて、
今日は自分が一番関心を持っていることについて書かせてもらいます。それは、

「一般社会人」がこれから必要な書く力って何だろう。
「多読」と「書く」は、どう影響し合うのだろう。

たくさんある多読についてのブログを読んでみて、よく思うのです。
かなりの量の本を読んだ人も増えてきたのに、
私が感じているような多読の魅力を語っている人は、ほとんどいない。
どうしてなんだろう?
それってもしかしたら、こういうことかな。
英語を話したり書いてみたり、英語を「能動的」に使ってみないと見えてこない、
そんな多読の醍醐味があるからなのかも。。。

私は英語学習という流れで多読に入りました。
100万語をすぎたぐらいからは、学習という意識はほとんどなくなって、
今は趣味になってます。
10年ぐらいたつわけですが、その間、多読をやめようなんて思ったことがない。
常に何かしらの発見があって、楽しくてしょうがない。
特に4,5年前から「書く」ことを始めて、これまた長くかかったけれど、
ここへ来て大きな飛躍を感じることもできました。

点数でみると10年間で伸びたのはTOEICで60点だけ。
知っている単語数とかも、big wordは忘れていくから、
受験直後からは減っているかもしれない。
ところが英語が使えるようになったという「実感」は、ものすごく大きいのです。
そしてこれは「書く」ことでよりはっきりしてきた。

英語を学ぶといえば、英語をペラペラ話したい、というのがまず一番にくるでしょう。
でも、話す機会ってありますか?
話す機会もない一般社会人が、話すことに躍起になる必要ってあるんでしょうか?
大金使って英会話学校に行って、それで何になるのでしょう?

それよりも、これからは「書く」ことこそ、
英語のプロになるわけではない一般の人が伸ばしていくべき、
また伸ばすことの比較的可能な英語力ではないでしょうか?

そしてこの「書く」も、従来的な文法的に正しいとか、構文を使って書くとか、
時間をかけて辞書を使いまくって、誰が書いても同じ文章、
まるで「金太郎飴」のような文章をを書くのではなくて、
それぞれの「個性」が「顔」が「表情」が見える、「読みたくなる」文章を書いていく、
それこそが、ネットでつながった世界に必要な英語力ではないのか。
そして、それを可能にしてくれるのがtadokuなんだ、そんなことを思ってみます。

(Writer:MrsMalone)
 にほんブログ村 英語ブログへ 

2 comments:

  1. MrsMaloneさんのご意見、賛同いたします★
    私も大学時代、外国人教師と「話す・書く」ことをしていたので、それらのことができました。
    でも、卒業して日々しなくなると、
    それらのスキルは見事に落ち込みました。


    娘が産まれる前から多読をはじめ、
    読んで理解できていても
    実際に使う機会がなければそれでおしまいのような感じでした。

    しかし、英語で日記をつづったり(今はしていません)
    娘に英語で話しかけたり
    facebookで英語をかいたり
    英語で発信すると、
    多読してきたものが生かされてきますね。


    学校の教科書にでてくるような文章ではなく
    本にあるような自然に流れる文章を
    書き出していきたいものですね♪


    フーミン

    ReplyDelete
  2. フーミンさん、こんにちは!
    コメント認証が遅れてしまいました。すみませんでした。

    そうです、発信です。
    最近、趣味のindieなプロジェクトに関わっているので、
    毎日海外の人とバカほど(笑)メールや共同編集ツールでやりとりをするんですが、
    そうしてわかってくるのが、
    この仕事にはこれだけの英語力、文法力が必要だということ。

    メールだけなら、シンプルな文法をしっていれば十分。
    でも、英語でなにか出版するとなれば、
    typoはもちろん、スペース、カンマの使い方にまで、注意を払う必要がある。

    そういう経験をしようとしない先生には、ツールとしての英語見えてこない。ピリオドですよね。
    お互い、いろいろ世界が広がっていくといいですね!

    ReplyDelete