TAB 多読 -tadoku and beyond!-  

いっぱい読んでたっぷり聞けば、英語はかって出てきます!

  

2012/04/10

多読ってなんだろう。

子どもが好む本と大人が読ませたい本はまず違う位の気持ちで。


去年から今年にかけて、あらゆる場所で多読という言葉が濫用され、安っぽく使われるシーンも見られる気がします。猫も杓子も「多読」と口にし、世は玉石混淆。とくに今年、情報の受け手として大切なことは、「多読」という言葉を聴いても、たった1つのイメージで捉えないように気をつけること、ではないかと思います。多読にも“色々ある”わけです。一人ひとりの生徒に合わせ、しっかり支援していこうと本探しに懸命になっている先生もいれば、ここぞとばかりの商業主義も見受けられます。スマートフォンのアプリでも多読と名のつくものはかなり増えてきました。全てが「多読」なのです。だから「多読」を勧める人も、これから始める方も、自分が“どういう多読を勧めるのか(やるのか)”を自分の言葉できちんと発信したり、自分は多読を通してどういうことを実現したいのかを考えてみる必要があるのではないでしょうか。

私の多読の捉え方は「ハッピーになる手段」。これは特別なことではなくて、日本語で本を読む目的と同じです。日本語の本を読むときに、自分が面白くない本を読む人はいませんし、強制されて本を読む人もいません(学校や受験勉強はまさにこれですが、テストの題材として作品を読んでいる限り、よっぽど教える側が力を発揮しない限り、心に響く作品には映らないと思うのです)。あるいは自分が読めないような難しい本を読む人もいないでしょう。私は英語の多読も本来、ただこの原則に従っていれば良いように思うのです。

けれども、こと英語を学ぶということになると、面白くないものを読み(読まされ)、自分のレベルに合ってない本を読み(読まされ)ということが頻繁に起こり得ます。「読書って何だっけ」という基本に立ち返ってもいいような気がします。英語の多読に関して言えば、当然日本語の本と同レベルの洋書を読むことは不可能なので、簡単な本から読んでいくことになりますが、多分ここに英語多読のやりづらさがあるのだとは思います。つまり簡単な本で、かつ自分が強く引かれるものを見つける、あるいは対子どもなら、そういう本を見つけてやること、がことのほか難しい。学校や塾、英語教室の先生だって、どうしてもある程度の人数を効率よくこなそうと思えば、GRをどっと配って読め!というところは少なくない。親だって、自分が買った本に子どもが興味を持たなければイライラもするでしょう。やるべきことは日本語の本を読むことと同じであるけれども、これが洋書であると、読める本と読みたい本のギャップをどう埋めていくか、という問題がうまく解決できない。時間的、金銭的コストがかかる話でもある。結局多読は良さそうでやってみたものの、結局うまくいかないじゃないか、などという結果が生じてしまうのではないかと思います。

もう少し、英語を学ぶということに対してゆったりと構える姿勢をとってもいいのではないでしょうか。私も高校受験に対して責任を負うものとして短期間で結果を出さなくてはならない、という思いが無い訳ではありません。しかし、短期間で結果を出そうとしてやって、本当の意味で結果が出るのかは甚だ疑問です。「短期間で結果を出さねば!」という人間が入れ替わり立ち代り子どもを教育することで、結局は長期間経っても何も残らないようなシステムになってしまったのが今の英語教育、という見方もできると思います。あまりに多くの人があまりにマニュアルや早期の結果を期待過ぎてるようにも見えます。

私はいつもこの状況を思うとき、ダイエットと同じだなぁと思います。新しいダイエット法が出てはそれに飛びついている人よりも、新鮮な空気を吸いながら、気持ちよく走っている人の方が、確実に痩せており、かつ「健康的」です。痩せることが目的の人は、プロセスを無視して短期で結果を求めるので、当然身体に負担がかかり不健康になります。当たり前ですよね。「○日間で痩せる!」なんて本に引かれている時点で、自分は継続性が無い人間であることは証明されています。そんなことを繰り返すのではなく、自分としっかり向き合って自分が楽しめることを見つけた方が最終的には早く結果がでるのではないでしょうか。

じっくりと取り組みながら、楽しみを見つけることができる、すぐに見つからなくてもいいではないですか。生まれた直後から親子で始めることができ、一生かけて自分だけの楽しみを見つけ、死ぬまで自由に学ぶことができる。一人でやったっていい、友人と支えながらやってもいい。日本にいながらもできる、海外の人とつながったっていい。多読だけやってもいいし、他の学び方と組み合わせてもいい。こんな自由度が、私は多読の醍醐味だと思うのですが。(執筆者:CHABO)
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3 comments:

  1. ダイエットのたとえはすごくよくわかります。私は高校の教員なんですが、最近では学校の教員も「ダイエット法」をふりまいているありさまです。

    「塾や予備校でやることは本物の学問じゃない!」って先生、自分が高校生の時は結構いたけどなぁ。

    そんな人もいなくなってしまったんでしょうね。

    でも結局一番効率的なダイエットは、「バランスのよい食事」と「運動」なんですけどね。

    騙されないようにしましょう。

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  2. 多読=ハッピーになる手段。
    いいですねえ。

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  3. ☆TSJさんへ
    自分が良いと思うことを、良いということがリスクになる、という側面は多くあると思います。でも、そこをあえて発信していくか、気付かぬ振りで通すか、これはもう生き方の問題ですね。全く気付いていないというのはいただけないですが…。

    ☆Mamazonさんへ
    毎日TVの前でゲラゲラ笑ってお菓子食ってる親が「本は良いから読みなさい」と言っても説得力ゼロ。教える側が読んで、その楽しさ豊かさを見せてあげられて初めて子どもは、習って(=真似して)みようと思うのではないか、と思うのです。

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