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いっぱい読んでたっぷり聞けば、英語はかって出てきます!

  

2012/03/25

リンガ・フランカ教育と英語教育 / TESOL & Lingua Franca

内田樹さんのブログで過去の記事「リンガ・フランカのすすめを読みました。 ウィキペディアには、「リンガ・フランカ(Lingua franca)は、「フランク語」、「フランク王国の言葉」を意味するイタリア語であるが、それから転じて、共通の母語を持たない人同士の意思疎通に使われている言語のことを指すようになり、現在では、「共通語」や「通商語」の意味で使われることが多い。」とあります。

内田さんが聞いたというこのようなエピソードを紹介しています。ある学会で、座長(だったかな?)が「この学会の公用語は英語ではありません。」と言い放ったのち、「Poor Englishを公用語とします。」と宣言したそうです。会場では拍手が起こったそうですが、私も拍手したくなりました。その学会では、共通のテーマがありますから、コミュニケーションにはpoor Englishで充分、なのですね。

poorというと聞こえが悪いかもしれませんが。色んなコミュニケーションに必要な英語は実はシンプルなものです。そのことを忘れると、目指すところを見失ってしまいます。コミュニケーション、というとついオーラルコミュニケーションをイメージしがちですが、意思疎通、ということです。読む、書くについても同じで、シンプルな言葉遣いがまずは基本ではないでしょうか。 

そして、このエピソードはある学会についてで、共通のテーマがあったはず、と先ほど書きました。私が常々思うのは、コミュニケーションで、一番大切なのはメッセージ、伝えたいことがあるか、だということです。伝えたいことが明確であれば、poor Englishで充分に(ひょっとしたらかえってしっかりと)コミュニケーションできるのです。装飾部分が多いと、メッセージの核が見えない、そんな風に思ったことは誰でもあると思います。 

私もその一人ですが、どうも日本人は和を尊び、自分の意見をはっきり言わない傾向があります。はっきり言わなくても、言うチャンスが来たときに言えるような意見があればいいのですが、いつのまにか意見を持たなくなってしまったり。だから、自分の頭で考える練習も同時にしていくことも大切です。 

リンガ・フランカとして役立つ英語を身につけるヒントが、超やさしいものから読み、聞いていく多読・多聴にあると私は思います。超やさしいものにこそ、コミュニケーションに使われる土台となる言葉が豊富だからです。 

内田さんは、「リンガ・フランカ教育」と「英語教育」とを分けるべきだと書いてもおられます。とても面白いので、みなさんも是非ご一読ください。
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I read an interesting archived article titled 'Encouragement for Lingua Franca' on a blog by Uchida Tatsuru. I'd like to share it with you.

According to Wikipedia, 'lingua franca (or working language, bridge language, vehicular language) is a language systematically used to make communication possible between people not sharing a mother tongue, in particular when it is a third language, distinct from both mother tongues.'

Mr. Uchida introduced an episode he had heard from his friend who was a molecular biologist. 
At a molecular biology conference, the chairman gave an opening address saying, "The official language for this conference is not English," and then declared, "It's 'poor English'." And everyone gave an applause. Reading it, I felt like applauding, too. At each academic conference, they share common knowledge and they can communicate very well in 'poor English.'

The word 'poor' might give you a negative impression. We can use the word 'simple' for it here. I think it's not emphasized enough that as a communication tool we don't need any more than simple English. If we forget this, we will get lost in our efforts to acquire English distracted by the flood of information on language learning. 'Communication' includes not only oral communication, but writing and reading as well. For every kind of communication, simple use of words is a very important basis, I think.

At an academic conference, the members of course know what they are talking about. What is the most important for communication is to have a message, something you want to tell to the other person. If you know very clearly what message you want to give, you can communicate well enough or sometimes even better in simple English. We all know very well that it's difficult to receive a message buried in too many fancy words or expressions.

Japanese people including me often choose not to express their own opinion because they don't want to disturb the peace with others. Repeating this behavior, we may forget how to form our opinion. We always have to train ourselves to make our message clear even when we don't express it.

Tadoku&Tachou may be able to show a way to acquire English as Lingua franca. In Tadoku&Tachou we start with extremely easy picture books, and they are full of simple words and expressions which form the foundation of communication.

In the same article, Mr. Uchida says that 'Lingua franca education' and 'English education' should be separated. It is really interesting and worth reading. Please visit his blog.

(Writer:Mamazon)
 

11 comments:

  1. オケラエスです。

    ご趣旨に大賛成です。
    私の知っている、在日30年以上のカナダ人は、
    英検やTOEIC高得点者の英語で、まともな人は
    いないと断言しています。

    あらためて learn / aquire の両方を
    どう英語教育に取り入れるか考える必要を
    感じます。

    ひとつだけ。
    何を言うかが大事だと思いますが、
    それはあまりおおげさなことでは
    ないのでは?

    日本語人でも同じですが、メッセージが
    はっきりわかる人と、何が言いたいのか
    よくわからん人がいる…ということでしょうね。

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    1. ありがとうございます。

      「ひとつだけ。
      何を言うかが大事だと思いますが、
      それはあまりおおげさなことでは
      ないのでは?」
      そのとおりだと思います。でも、なんだか、おおげさなことでないのに、あるいは全く核がないのにおおげさに言う人と、何も言わない人とが多いような気がして。

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    2. 映画「マーガレット・サッチャー」を見てきました。
      サッチャー首相が、長年自分を支えてくれた閣僚の
      一人のメモを見ながら、committee の t は
      二つなんです!と罵倒するんですね。

      えー、aquire ではなくて、acquire でした。
      lol

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    3. 「鉄の女」、よかったですか?
      私も見たいと思っているんです・・・。
      メリル・ストリープ、すごいですよね。さわりだけ見たとき、サッチャーさん自身の映像かと思いました。

      スペルミスなんて、どうぞ気になさらずに!
      勢いでわかる、それがリンガ・フランカ!(かな?)

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  2. リンガ・フランカのこと、私のブログ(http://plaza.rakuten.co.jp/brightyk/diary/201007040000/)にも書いてますが、その当時この話題を出してもほとんど無視されていたという記憶があります。教養のある英語を話さないとだめ!とか英語圏の文化を理解しないと会話できないとか。

    じゃあ、中国の人と話す時は中国文化を理解してないと話せない、韓国の人と話す時は韓国文化を知らないと話せない?なんてとんでもない事になってしまうではないか。
    共通の話題について話す時はいつも相手に分かりやすい言葉で話す事が第一に来るべき。それ以上の話になって文化的興味が生まれたらそれ以上を学べばいい事だと思う。

    その辺からマザーグースを知らないで英語は学べないみたいな事に疑問を持つ様になったのです。
    今英語の本を読む様になってマザーグースを知っていてよかったと思う事はいろいろありますが、それは必須ではないと思うのです。それ以前に日常的に使う言葉を普通に書いたり読んだりする話す事の方が大事だと思います。
    非英語圏の人と英語でチャットしたり、スカイプしたりすると簡単な言葉でいかに伝える事が大事かを痛感します。

    英語教育としてはそこでとどまっていてはもったいないとも思います。でも第1目標は理解し合うこと」だと思います。
    難しい事をいっぱい「勉強」しているのに分かりやすい言葉で話せないのではなんのための「言葉」でしょう?

    katakuri

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    1. 私が言いたかったのは、ずばりそういうことです!ありがとうございます。

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    2. katakuriさんのブログに行って、記事を読んできました。ここを開いてくださったみなさんも、どうぞ読んでみてください。Bright English Clubというブログです。ブログ内検索でリンガ・フランカと入れるとすぐに出てきました。

      リンガフランカ関係の記事の下に出ているタイトルから、なぜフィンランド人は英語が流ちょうか(だったかな)という記事も読みました。これも非常に興味深かったです。私はkatakuriさんのブログをいつもチェックしているので、多分一度読んだ記事だと思うのですが、何度読んでも教えられます。

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  3. Hi Mamazon-san, thanks for the post. You know, when I got the draft of your very first post, I was like jumping over the moon! I've long been waiting for this moment when you debut on the net.^^ Moreover, the topic is just right for the beginning of this brand new blog, don't you think? After reading the articles of Uchida-san's and yours, I thought my goal for facilitating this blog was clarified and now I'd be able to go ahead without getting lost.

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    1. Well, what do you call it? Destiny? (I'm just joking.)

      I didn't realize that this was my debut on the net, because you and others have done all the work. It's so nice of you to be happy about this small step forward of analogue me.

      When I read the article, I couldn't believe my eyes because he was writing exactly what I've been feeling about the English education and the linguistic hierachy. And there was an incident which made me unconsciously think about them.
      At the party after the last English conversation class a student said to me,"I wanted you to correct my mistakes." I tried to explain why I didn't correct every mistake, but he never understood me. How I wish I could explain everything so clearly as Mr. Uchida!

      You know, emmie-san, you are the one who lead me to read his blog, for which I'm so grateful.
      And Katakuri-san already mentioned it in her blog in 2010! What a smart person!

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  4. 文化を共有していない人と理解し合うことって、
    私には難しいです。

    日本語を話す日本人同士でも、
    価値観や生活スタイルが著しく違う場合、
    理解し合うことが難しいです。

    日本で英語と取り組んでいる人同士でも、
    多読を楽しんでいる人と、
    そういう経験が少ない人とで、
    理解しあうのは難しいと思います。

    ここで私が「文化」と言っているのは、
    シェイクスピアの様な古典や伝統文化の様な狭い意味での文化ではありません。

    それから、
    港町の国際文化から生まれたリンガ・フランカにも興味はあります。

    勿論、
    みなさんの文化を理解するための努力もするつもりです。

    私が感じている様な壁を皆さんが突破しているのなら、
    それは素晴らしいことです。

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  5. Ryotasanこんにちは。
    おっしゃる「文化」を私が正しく理解しているかどうかはわかりませんが、
    「理解しあうのは難しい」、同感です。
    価値観や生活スタイルが似ている場合でも、100%理解しあうことはできないと思います。
    それをわかったうえで、理解しあいたい、と願うのが人間なんですかね・・・。
    Ryotasanが、わたしたちの文化を理解するため努力する、とおっしゃってくださって嬉しく思います。
    もっとも、それがどんなものか、まだわたしたちもよくわかってない(少なくとも私は)のですが。

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