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いっぱい読んでたっぷり聞けば、英語はかって出てきます!

  

2012/03/13

教育って何のため?

学校や塾や専門学校、英会話学校や「資格」のための学校、カルチャーセンターなど、日本には「教育機関」があふれています。

でも、「教育」とか「学習」の本当の意味って何でしょうか?

どうも今の日本(というか、戦後の日本、いや戦前から?)は、あらゆる教育の目的が「大学入試」や「就職のための資格取得」になってるような気がします。

教育関係のお偉い学者さんたちや、教育評論家の大先生方は「こんな教育では世界から取り残される。」と言い続けています。でも、現場も教育を受ける側も「入試」や「資格」にしか目がないとしたら、それはもう取り残されて当然。だって、入試や資格で「本当の力」なんてわかるわけないですから。

英語がいい例です。もう何十年も前から「日本人は英語が使えない。これではダメだ。」と言われています。今から10年前には文科省が「英語が使える日本人」の育成のための戦略構想」を策定しました。当然、この戦略構想には莫大な「税金」が使われました。私は都立高校で教員をしていますが、この「戦略構想」の一環で、夏休みに5日間「研修」を受けさせられました。(日本中の全公立学校の英語教員が研修を受けたはずです。これだけでどのくらいの税金が使われたことか...)

その結果どうなったでしょうか?英語が使える日本人は増えましたか?

増えてないです。断言できます。みなさんの実感もそうですよね。もし増えていたら「社内英語公用語」なんて話は出てこないはず。

話を「教育の目的」に戻しましょう。本来、教育ってのは「人生をより豊かにする」ためのものです。英語で言えば、英語を「使える」ようになれば、今までにない楽しみが得られるはず。それは「入試」とか「就職のための資格」よりもずっと価値があって、一生ものの財産のはずです。

国語や社会や数学や理科だってそうです。「楽しむ」ってことを教える側が考えれば、もっと多くのこども、いや大人も本当の力をつけていくはずでしょう。

でも、こういう教育が実現するには様々なハードルがあります。「教える側」の問題は無限にあり、これはもう簡単には解決できないでしょう。

そこで、私たちの提案は、「学習する側」、つまりみなさんの「意識」を変えるということです。最終的には学校や塾の教師や、教育関係の本でがっぽり儲けている出版社などを相手にせず、みなさんが「学習することでどんどん人生を豊かにしていく」ことができれば、それがベストだと思います。

このような視点で、私たちはいろんな提案をしていきたいと考えています。

ご質問、ご意見大歓迎です。是非コメントしてください。

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Well, there are so many "educational institutions" in Japan. Besides public or private schools, many youngstars go to JUKU (cram schools or prep course) to prepare for entrance exams, to Senmongakko (academies) to get certification or qualification....

But what is "education"  all about?

To me, it seems like any kinds of education in Japan are only aimed at "passing examination." or "get certifications to have a better jobs"

"With the poor quality of our education, Japan will never be left behind in global competition." This is typical critics from "specialists" in education. But, if both teachers and students only aim at "test" and "certification," it's to clear we will be left behind. You can't see "real ability" with test or certification.

English is a good example. It has long been said "Japanese people are poor in English." Ten years ago, Monka-Sho (Ministry of Education and bluh-bluh-bluh) published ""Strategic Plan to Cultivate'Japanese with English Abilities," for which a great amount of tax money was spent. I myself teach English at a public high school. But with this "Stragetic Plan" I had to take OJT for 5 days during summer vacation. (EVERY single English teacher in Japan was forced to have this OJT.) Well, how much did it cost? Of course, all the money is from your tax.

As a result, what's up? Do we have much more "Japanese with English Abilities."

No, sen~or. I declare. NO! I'm sure you feel the same. If we had more of those English-fluent Japanese people, then nobody would come up with the idea of "English as THE official language of a company."

Let's go back to the topic of "purpose of education." It should be "to make one's life richer." As for English (or a foreign language), if you could use English, you could have more fun! That's it. And it's much more valuable than to have better score in tests.

We can say that for other subjects such as Japanese, Social Studies, Math and Science. If only teachers were concentrated more on "learning for fun" then more and more kids could develop their real "ability."

But actually, we have too many obstacles to change their attitude.

So, we suggest, you, learners should change your attitude toward learning. You should never listen to your teachers, or any educational publishers which are making so many yens threatening you. All you've got to do is have fun learning and make your life richer. That's the best way.

Well, it's our point of view.

Any questions and comments are welcome!

(Writer: TSJ)

11 comments:

  1. 昨日、吉祥寺の本屋さんで、英語学習書の棚をふらっとのぞいたら、大学生らしき男の子が二人、TOEICの本をあれこれ選んでいました。
    それを見て、若いときの貴重な時間を、無駄な勉強に注いでしまうなんて。これはやっぱり、そんなこと無意味だよって、ちゃんとだれかが教えてあげないといけない、そう思ったことです。
    活発に意見が飛び交い、多くの人に記事が届くようになるといいですね。

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  2. コメントありがとうございます。昔は大学入試終わってからも試験勉強に追われるなんてなかったと思いますが。今はどこまでも「試験」に追われるのですね。ほんと、試験産業は儲かってますよね。だまされてはいけませんね。私はTOEIC満点とりましたが、同僚でずっと海外勤務していた人よりも英語が「使えない」自信があります(笑)。TOEICスコアで、使える能力なんて判定できません。満点取得者が言うんだから間違いない。

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  3. インターネットで情報が豊かなになったかと思いきや、実情はその真逆。真実は捻じ曲げられ、商売絡みの似非文句に操られる人たち。英語教育についても然り。根拠の無いマスに流されることなく、自分のハートと向き合い、正しいことを見極め、勇気を持って素敵な決断をしようとしている人たちの背中を押してあげられるような場になったらといいと思う。

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  4. だれがだれなんだかわからないのだけれど、それはいいのかな?
    わたしは文句をつけるときは実名でなければただの愚痴になると思います。
    文句を言われた相手がいつでも反論できるようにね。

    わたしは電気通信大学を昨年3月末に退職した酒井邦秀と言います。
    英語教育にはいーっぱい言いたいことがあります。
    もうたくさん言い過ぎて、周囲から止められております。
    みなさんの発言を読んで鬱憤を晴らしたいと思います。

    どんどん書いてください! 楽しみにしています。

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    1. 酒井さん、どうもです。実名はちょっと勘弁してください。社会的諸事情があるのです。反論は大歓迎であります。このブログ上でも、是非、前向きな議論をしたいと考えています。

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  5. 英語教育の場で、どのくらいの教師が「生徒が英語でコミュニケーションできるようになってない・・・」と本当に悩んでいるでしょうか?どのくらいの生徒が「こんなんじゃ英語でコミュニケーションできるようにならない!」といらだちを覚えているでしょうか?実は圧倒的多数が、目先の資格試験や模擬試験、入試の結果に目をくらまされ、本質を見失い、英語がコミュニケーションの手段だということを忘れてしまっているような気がしてなりません。

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    1. こんにちは。悩んでいる人、あんまり、いやほとんどいないでしょう。だって、自分自身が英語でコミュニケーションしないのですから。私もそうですが。生徒は、どうなんでしょうね。「偏差値の高い」学校の生徒はやはり試験指向なのでしょう。でも、それはこどものせいじゃないですよね。

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  6. Kippaです。
    小学校の英語の授業の手伝いにいったとき、担任と打ち合わせして改めて気付いたことがあります。

    なぜ、英語を学ぶのか?もしくは、英語の授業で時差について学ぶ単元では、なぜ時差が何時間あるかわかると”お得”なのか?

    を伝えていくのも、英語の授業の大事な部分じゃないか、と思ったんです。

    たとえば、「時差って何のために勉強するの?」「海外に住んでいる友達と電話で話すときに、時差を計算して電話をかけるから。」ともっともらしい答えが生徒から出ました。「でも、みなさん、海外に友達いるの?電話するような仲のよいお友達いるの?」と聞いたら、シーーン。「そうですよね。そういう友達がいる人はそんなに多くないですよね。でも、やっぱり、時差は知ってたほうが”お得”なことあるんですよ。」「たとえば…」という風に話すのって大事じゃないですか?

    私は、このとき、海外旅行のホテル予約する時に、ネットで予約しただけだと、よい部屋がとれないことがある、という話をしました。

    海外は、そもそも、”言ったもん勝ち”だから、とにかく、わがままな要望はしたほうがいい。そのような要望をするときには、電話が有効なこと、そのためには、相手の働いている日中の時間に電話かけなければいけないこと。そういうときに、時差は計算して使うんだ、と。

    何も要望しなかったら、山側のつまらない景色の部屋をあてがわれるかもしれないが、先に「I want the ocean view.」と一言電話で要望すれば、素敵な海側の部屋に泊まれる、なんてことはよくあるんだから、と。
    一生に一回しか訪れないかもしれないその地で、同じ値段で、素敵な海の景色が見える部屋に泊まるのか、それとも、泣き寝入りして山側の部屋に泊まるのか。これは大きな違いなんだよね、と話しました。

    担任の先生は、その具体例がいたく気に入ったみたいで、わざわざ教科書を丸めてホテルに見立てて、生徒がきちんとわかるようフォローしてくれました。生徒も、「そっかぁ」って顔してる子が何人かいました。
    そういう、生きた事例を生徒に機会あるごとに話すのってとても大事だと思います。(ま、実際は、ホテルとはメールでやりとりすればOKなんですけど(^^ゞ)

    「外国人が困っているのを助けたいでしょ?」って生徒に問いかけている先生を見たことありますけど、生徒にしてみれば、「別に僕が助けなくても、英語ができる人が助ければいいだけじゃん」って反応でした。だって、ぜんぜん、自分にとって”お得”じゃないのに、率先して手伝う気にはなりませんよね?その問いかけじゃ、なかなか、生徒は前向きになれないだろうなぁ、って思いました。

    なんか、わたし、話題がずれてますかね?

    とにかく、生徒にコミュニケーション能力を身につけさせたい、って言うんだったら、コミュニケーションをとれるようになると、自分にとってどう”お得”なのか、を生徒が心から理解する必要があるんじゃないでしょうか?

    そのためにも、いろいろな例を話し、生徒に「なるほど」と思わせる必要があると思うんです。

    ぜひ、学校の先生には、その点、よろしくお願いしたいと思います。
    具体的な英語学習そのものも大事ですが、なぜ、英語を学習すると”お得”なのか、をもっと生徒に伝えてほしいですね。

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    1. きっぱさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

      おっしゃることよくわかります。サッカーが好きでもないコーチに教わっても、サッカーはうまくなりません。先生自身が「英語ができるとこーんなに楽しいよ。」と「数学をやってるとこんなに楽しいことあるんだよ。」「社会の勉強するといろいろ面白いことが見えてくるよ。」ってのを、言葉もそうだけど、「生きざま」で子供に感じさせるってほんと大事なことです。

      先生が「お受験マシーン」になってたら、こどもは「あぁ、あんな奴になりたくねー。」と思うでしょうね。(「受験マシーンに憧れる子供がいたらいたで、それは恐ろしい....)

      小学校の英語もそうですけど、現場の先生の意見が全く反映されない公教育ってそのうちつぶれます。

      だから、学校など相手にせず、みなさんで勝手にやりましょう!

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  7. オケラエスと申します。

    なんかね~英語教育関係者の悪口いうのに疲れて
    きました。一番ぴんとくるのは、児童英語のKさん
    の言う、多読でこうなったよ~と見せていくしか
    ないということなんです。が、それも日本の英語
    シーンの何%になるんでしょうかね。

    文法訳読でいくと、取り返しのつかないことに
    なると思うのですが、それの回復プログラムは
    ただ多読しかないんでしょうかね?
    まあ多読にしても、なんかこうもうちょっと
    筋道みたいのがはっきり説明できるといい
    と思うのですが…。

    そういうお前が…と言われるでしょうが、
    どうもなんとも進みようがないというか
    出口が見えないというか。

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    1. はい。悪口言ってもしょうがないです。

      だから、もっともっと「学習者」の人にわたしたちの声を聞いてほしいんですね。

      私が高校生のころは、誰も中学・高校の先生なんて相手にしてなかったけどなぁ。多読の筋道ということですが、筋道さえも、楽しんで、試行錯誤して、自分の「筋道」を発見していくのも楽しいと思いますよ。

      もちろん、ある程度の目安や、自分自身の経験は今後お伝えしていきますが、とにかく、「まず楽しみましょう。」というのが第一ですね。

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